10月2日(金)、ホンダは2021年シーズンを持ってF1から撤退。F1に費やしていた資金と技術リソースを2025年のカーボンニュートラルの実現という新たな挑戦に集中させると説明した。
F1でチャンピオンを争うことなく、再び撤退を決めたことにSNS上でモータースポーツファンは失望と怒りの声を上げ、ジャーナリストのなかには“重大な経営判断ミス”だと声を荒げる者もいた。
かつて“ホンダと言えばF1”というイメージがあった。創設者の本田宗一郎が“やるなら頂点を目指す”という目標を掲げてF1にチャレンジし、バブル期の1980年代にはアイルトン・セナが赤と白の“マクラーレン・ホンダ”で勝利を重ねて、そのイメージを強化した。
そして、ホンダはフラッグシップカーとなる新型NSXの発売を翌年に控えた2015年にその“マクラーレン・ホンダ”を復活させてF1に復帰。しかし、結果は散々であり、1勝も挙げることなくマクラーレンとの提携は解消。その後、トロロッソ(アルファタウリ)、レッドブルとのパートナーシップでレース優勝を収めたが、タイトル争いに絡むことができていない段階で撤退を決断した。
ホンダの八郷隆弘社長が「F1では、優勝という目標を達成でき、一定の成果を得ることができました」と語ったことでモータースポーツファンの怒りは増した。
しかし、モータースポーツファン以外は、F1撤退を冷静に受け止めている。今回のF1撤退が失敗だったというよりも、そもそもF1に再参戦したことが間違いだたったとの声も多い。そして、経営が傾いているなかではF1撤退は正解だとの声も多い。
いくつか興味深い見方もある。ひとつはエンジンの『無償提供』を指摘する声だ。海外メディアはホンダは2020年のF1パワーユニットの開発に1億4,000万ユーロ(約166億3000万)を投資したと報じている。2015年のF1復活以来、ホンダはマクラーレン、トロロッソ(アルファタウリ)、レッドブルにそれを無償で提供してきた。
スポンサー収入や賞金という利益があるF1チームとは異なり、F1で唯一のエンジン供給のみでの参戦となっているホンダにはそのような収益はない。マーケティング/ブランディングという見返りはあるが、レッドブルのタイトルスポンサーにはアストンマーティンがついており、例えレッドブルがレースに勝ったとしても、ホンダの名前が呼ばれることはなく、ドライバーもアストンマーティンのスポーツカーでサーキット入りする。
姉妹チームのアルファタウリは“アルファタウリ・ホンダ”として参戦しており、今年のF1イタリアGPではようやく“アルファタウリ・ホンダ”として勝利を挙げた。ドライバーもNSXやシビック・タイプRでサーキット入りするが、注目度はレッドブルには大きく劣る。
一方、F1マーケティングの主要市場となる欧州でのホンダの販売台数は芳しくない。2020年度ではトヨタ(レクサス)が29万9819台、日産が12万6992台、マツダが5万9090台、三菱が5万4302台。ホンダは3万2585台と日本のメーカーでは5番手だ。F1の宣伝効果があるとは決して言えない数字だ。
また、モータースポーツというブランディングを失うという点についても冷静だ。“レースはホンダのDNA”と謳っているものの、ホンダはSUPER GTやスーパーフォーミュラを販促に使用することはほとんどなく、佐藤琢磨がインディ500で2度目の優勝という偉業を達成してもホンダが大々的にCMを打つよなことはなかった。NSXやタイプRといった車種はあるが、一般的にホンダは軽自動車とミニバンのメーカーというイメージの方が強い。そのため、ホンダの“ブランドイメージ”の喪失という点ではそれほど大きくないかもしれない。
もうひとつの指摘が『エンジン開発の凍結』だ。かつてF1は“走る実験室”として研究開発の意味合いもあったが、近年ではその要素は薄れている。自動車業界の流れに合わせてエンジンをハイブリッド化したF1だが、時代は電動化へと進んでいる。
F1にはMGU-H(熱エネルギー回生システム)という技術が採用されているが、この技術が今後の自動車業界の中心を据えるとは考えられていない。そして、この複雑な技術によってF1パワーユニットの開発コストは高騰し、F1に新規参入する自動車メーカーはホンダ以降1社も現れていない。そして、その開発コストを抑制するためにF1は2026年に新しいエンジンを導入するまで開発を凍結することを決断した。
ホンダは、F1参戦を“環境技術”“人材育成”のためとしていた。しかし、エンジンの開発が凍結されることで、その意義も見いだせなくなった。そして、アルファタウリ・ホンダが優勝したことで「一定の成果が得られた」と考えたのだろう。
それでも『2050年のカーボンニュートラルの実現』という説明には不満の声も聞かれる。多くが今回のF1撤退を業績不振によるものだと捉えている。カーボンニュートラルの実現は環境問題においては非常に重要な取り組みだ。だが、決して浸透しているとは言えないあやふやな概念をF1撤退の理由とするよりも素直に『経営不振』と説明した方が腑に落ちたとの意見が多い。(当然、株主に対して社長の口からそのような説明をできるはずはないが・・・)
最後に、1990年代に自動車メーカーの後ろ盾なしに自らスポンサーを集めてF1に参戦したタキ井上こと井上隆智穂がSNSで語った雑貨を紹介したい。
「一言でいえば『よく決断した』と言えるだろう!」とタキ井上は綴った。
「極東の自動車会社がF1に参戦していること自体がすでに時代遅れであって、欧州でのホンダ車の販売実績を鑑みてもF1をやる意味など全くないことである。80年代、世界戦略の一環としてホンダ車を販売するマーケティングにおいては、F1というのは、最高のプラットフォームであったことは間違いないことであり、F1以外見当たらなかったといってもいいと思う」
「しかし、アライアンスを組み、吸収合併において生き延びていく現在の自動車産業において、中国などの新興の自動車会社でない限り、F1をマーケティング戦略のプラットフォームに使用することは、まったく意味のないことであり、むしろ、やってはいけない活動であることは、間違いないと思う」
「1980年後半から1990年前半までのホンダF1黄金時代を知っている世代から見れば、四半世紀以上の昔の話であって、もう時代が大きく変わっていることに気づかない老人たちの記憶であって、2020年の時代の需要とは、かけ離れた歴史的思い出であると感じる。現在のF1というのは、経営判断等ではなく、時代錯誤の活動と言っていいと強く感じる」
「欧州の歴史ある自動車メーカーからすれば、F1とは、企業の伝統であって、イメージでもあるが、極東の自動車会社にとっては、参戦すること自体が、『不毛なる投資』と言えると考える。ましてや、アジアの後進国のような、自国のF1ドライバーの優勝など、夢見ること自体、時代遅れの考えだと感じる」
「我々日本人にとっては、F1は、ヨーロッパの文化として受け入れていけばそれでいいと思う。我々日本の誇りであるホンダF1の記憶は、大切に我々日本人の心の中にとどめておいて、ホンダのさらなるカーボンゼロの新時代での活躍に期待したいと思う」
カテゴリー: F1 / ホンダF1 / レッドブル / マクラーレン
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